ないいぶ
わしは、ねこ探検家ベッチー。通称「ベッチー」。
ちまきでは「ベッチー」でとおってる。本名は「ベッチー」。
おんとし1さい。ぴちゃぴちゃのギャル。
わしの家族は「しいかあさん」と「みいかあさん」と犬探偵の「ゾーイ」と後輩猫の「あめ」。
わしは、ないいぶ
人間の「みいかあさん」と「しいかあさん」に、わしはよく「どうして一緒に寝ないの?」とたずねられる。
じっさい、わし以外の犬探偵ゾーイと子分猫あめ、は、しいかあさんとみいかあさんと一緒に寝ている。さいきんは、さもいので、みんなでくっつくほうがあったかくていいなぁと思わなくもない。
ちなみにたずねられたって、わしは猫なので、「それはですなぁー」とこたえることあたわず。
ゆえにここ独白するにとどにゃるのだけれど、その理由は、
わしが、ないいぶだから
にょ。
ねているだいに、なにかがうごくと、わしはびっくりする。
とくに子分猫あめがきてから、このないいぶさは、磨きがかって、ないいぶ界の王様みたいになりつつある。ないいぶ出世。
ないいぶ部長、とんとんびょうし。
入社当時は同期だったのに、いまでは上司も上司、社長になるとは驚きだよ、といわれるくらいのないいぶっぷり。
わしは、ねているあいだ、ぬくもりよりも安心、というか驚かないことをもとめている。
これが人間たちと一緒に寝ない理由だ。人間は寝ているあいだに動く。
人間のよこで寝ているときに、人間が動くと、猫にとっては、地面が動いちゃったくらいの具合に感じる。液化現象?ってくらい。
あめもゾーイも驚かないから、わしがないいぶすぎるだけかもしれない。しかし地面って動くのこわくない?
ひとりでねむる
ひとりでねているのは、さびしいかというとさにならずで、遠く(となりのとなりの部屋)で、人間たちや猫や犬の吐息や気配を感じることができている。
そうするとやっぱり安心する。
みんないっしょに暮らすというのはとても良い。
ただおろどくのはいやなのにょ。
なぞはせかいにちみちみている。
1つずつときあかしていこう。
探検家ベッチーことベッチーでした。
BB
ねここころえ4「かわゆくあれ」
わしは、ねこ探検家ベッチー。通称「ベッチー」。
ちまきでは「ベッチー」でとおってる。本名は「ベッチー」。
おんとし1さい。ぴちゃぴちゃのギャル。
わしの家族は「しいかあさん」と「みいかあさん」と犬探偵の「ゾーイ」と後輩猫の「あめ」。
ねここころえ4「かわゆくあれ」
ひさびさに、わしのくつろぎスペース(人間のベッドの下)を訪れたら、ホコリまみれの本があった。わすれていた。
先代の猫、ポン・プルクワがかいた「猫の教科書」という本だった。
本なんて、がんらい猫が読むものじゃないので、読むのがめんどうくさい。
におう。嗅いだら変な顔になるほどくさい。
なんっつったっけ?このわしら猫が変な顔になる反応……メイラード反応?……違う……ラーメン反応だ!それ、起こしてしまう。
だから気が向いたときだけ、臭くないときだけ、読むことにしている。
そして、今日はあまり臭くない。
めんどうくさくない。ノーラーメン反応。
ということで読んでんみた。
ねこのこころえがいくつか紹介されているのだけれど、そのひとつはこんなタイトルだった。
「かわゆくあれ」。
飼い猫は、かわゆくあるべし。ということだ。
先代猫のポン・プルクワとその子供カント
PP:猫というのものは、人間にとってばっちりかわゆくできた生き物である。
試しに気の赴くままに人間のまえで動いてみると良い。
何かをちょいちょいと動かしただけで「かわゆす!」と人間はもだえる。
ゆかにごろんと寝転ぶだけで、ふたたび「かわゆす!」とみもだえる。
あるいても「かわゆす!」、寝ても「かわゆす!」。
動いても、動かなくても「かわゆす!」という反応を起こす。
ちょっと大丈夫かなー?って思うほどである。
なんならときどき複数の人間が集まってきて、こういう反応をする。
これは、あたしら猫の財産のひとつ。
エクイティであり、キャピタル。
おおいに増やし、運用し、使いまくるべきである。
ここでは、その研鑽の磨き方と使い方を簡単に紹介しておく。
そのまえになぜ、あたしたち猫が「かわゆす!」のかを説明しよう。
猫がかわゆい理由
ポン・プルクワの息子猫「カント」。通称「かんにゃん」
PP:猫に限らず、人間と一緒に暮らしちゃうかーと考えちゃった動物たち(っていってもざっくりいって、猫のほか、犬)は、人間に可愛がられる感じのやつが、人間と暮らしながら増えていったそうにゃ。
そのほうが、良いぐあいな関係になりやすかったからだ。
で、どういう猫犬が、可愛がられるのかというと、目が大きくと顔が小さくて、平ら。人間たちは、こういうのをざっくりと「ネオテニー」とよんでいる。
人間の子供に当てはまる特徴で、こういうのをみると「かわいがりたくなる」という気持ちが湧く特徴にゃ。
けっこう自動的に発生する感情で、これを猫はばっちり持っている。
だから猫は猫でいるだけで、人間にかわいがられる、そういう寸法になっている。
これをちゃんと利用しない手はない。サボれば、可愛くないといって、注がれる愛情が減ることもある。
しかし研鑽を重ねると、人間の食事や仕事(という宗教)を邪魔しても、「もーこら♡」といって、ぜんぜん怒られない。
怒られるか、怒られないかは、あなた次第、ということになる。
研鑽の方法
太り過ぎの先代
PP:「かわゆす」の研鑽は、いろいろ動いたりしながら、人間の表情を見ることで重ねることができる。だから、リラックスしたふりをして、人間をすごく観察すべし、すべし。
人間は口にしなくても「かわゆす!」と思ったとき、目の端っこ(外側)が下がる。
そして、口の端っこが両方あがる。
この反応をデーレデレ反応という。
この反応がでる行動を探す。
そして見つけたら、この行動を「しそうで、しない」ということを、人間がみているときにやる。
これを「ツンデレ行動」という。
これを続けると人間はじりじりとしはじめる。
あたしら猫が獲物をみつけたときに、腰を低くして、お尻をふるみたいにじりじりとする。
これをときどき、しかし継続的に行う。
これが研鑽の重ね方である。
「急がず、だが休まずに」だ。BY ゲーテ(という昔の人間)。
「かわゆす」の使い方
かんにゃん。戦士だったという噂。
PP: 「かわゆす」の使い方は、基本的に「ときどき出す」ということ。
ガチャガチャという人間の娯楽の原理と同じ。
偶然みちゃった!という演出が大事。
やりすぎるとカメラマンというひとがうちにきて、写真を撮られまくって、写真集がだされてしまうから要注意。
その売上が、ぜんぶ人間に行ってしまうし、すごく疲れる。
ほどほどが良い。「度を過せば白髪を招き、程を知れば長寿を保つ」。
白髪の意味はあまりわからないけれど、ほどほどって長生きするよねって話。
かんそう
わし、ベッチーは、すごいかわゆすからなぁ。
この「かわゆす』をどう隠すか、それが問題。
なぞはせかいにちみちみている。
1つずつときあかしていこう。
探検家ベッチーことベッチーでした。
BB
よるとひる
わしは、ねこ探検家ベッチー。通称「ベッチー」。
ちまきでは「ベッチー」でとおってる。本名は「ベッチー」。
おんとし1さい。ぴちゃぴちゃのギャル。
わしの家族は「しいかあさん」と「みいかあさん」と犬探偵の「ゾーイ」と子分猫の「あめ」。
よるとひる
ごにょんじのとおり、わし、通称「ベッチー」は探検家。
探検王を目指しているわけではないけど、探検家。
探検家は「探検する」「家」と書く。家とは「ホーム」。
ゆえに、わしは「探検ホーム」……。「探検ホーム」ってなに?
とにかく探検家。ホームでも探検家。
なので、ひび探検にあけくれている。
あけてもくれても探検家。あけてもとじても探検家。
「あのーわたくし、こういうもので」ってわたすとしたら、その紙にこう書かれている「探検家」。探検家ベッチー。
探検していてすごいことにきづいてしまった。
おもわず毛玉をはいてしまうほどに驚いた発見だった(はいた毛玉はスタッフが楽しく転がしました)。
それは、毎日暗くなるし、毎日明るくなる、ということだ。
みんなあたりまえだと思っているかもしれないし、わしもきづくまであたりまえだと思っていた。
しかしにゃんで、暗くなったり、明るくなったりするのだろうか!!!!!?????これは二文字でいうとあれである。
「なぞ」
さっそく暗くところと明るいところを探してみた。
くらいところ
まずは、あめのあしのうらを調べてみた。
くさい。くさいけれど、暗くなかった。
というか、わしもあめも犬探偵ゾーイも人間たちも、それだけでは、暗くも明るくもない。
この研究において、暗くも明るくもないものは、「その他さん」にぶんるいすることにした。
しかし「その他さん」は多すぎた。
だいたいぜんぶ「その他さん」だ。
そして、またわしは、すごい発見をした。それはこれだ。
「明るくないところが暗い」
明るいところいがいは、ぜんぶ暗いのだ。
むかいのホーム、路地裏のまど、どこでも明るくないところは暗い。
だから、まずは「明るい」を探すべきじゃったのだ。
あかるいところ
まず、朝ごはんから夜ごはんのあいだは、世界は全体的に明るい。
これを人間は「ひる」とよんでいる。その最初のほうを「あさ」と呼ぶ。
つまり「ひる」のあたまのほうが「あさ」だ。
そして「ひる」の終わりのほうを「ゆうがた」と呼ぶ。
つまり「ひる」のしっぽのほうだ。
ずにするとこうなる。
ひるがいるあいだは、暗いはすみっこにしかない。
しかもすぐににげる。
たとえば「おしいれ」。「おしいれ」のなかは暗い。
しかす、開けて中を見ると「暗い」は消えて、明るいになる。どこもそう。
夜ごはんごろになるとそとの世界は暗くなる。
まどからみる外は、暗い。
しかしうちのなかはまあまあ明るい。
明るいのは、光るものがあるからだ。
光るものを人間は「しょうめい」と呼んでいる。これは、話しかけると暗くなる。
「ばれくさ、でんきけして」と人間がしゃべると暗くなる。
どういうしくみだらう。これもなぞだ。
ちょっとわきにおいて、「しょうめい」を調べる。
このひかっているのが「しょうめい」。
これはぜんぶ、人間関係のものだということがわかった。
暗いと人は何も見えなくなるから、人間が明るいをつくるためにつかっているのだ。
こんなのないと何も見えないのが不思議。
これがぜぶん「ひる」でも「あさ」でもない。
ぜんぶ「しょめい」で人間用。
せかいは、人間ががんばって明るくしているが、夜ごはんごろには、もう勝手に暗くなるようになっている。
これをたぶん「夜ごはん」の「夜」からだろう「夜(よる)」と人間は呼んでいる。
よるとひるはくりかえす
しらべてみたのだけれど、このよるとひるというのは、くりかえされるもののようだ。
さむくなるとよるのほうが長くなり、あつくなるとひるのほうが長くなる。
季節と関係があるのだろう。
ところで、人間は、このよるとひるをあわせて「いちにち」と呼んでいる。
あ、よるはなんで暗くて、ひるはなんで明るいのか、まだわからない。
人間用ではない「しょうめい」がそとにはあるのかもしれない。
なぞはせかいにちみちみている。
1つずつときあかしていこう。
探検家ベッチーことベッチーでした。
BB
くっつきかいろ
わしは、ねこ探検家ベッチー。通称「ベッチー」。
ちまきでは「ベッチー」でとおってる。本名は「ベッチー」。
おんとし1さい。ぴちゃぴちゃのギャル。
わしの家族は「しいかあさん」と「みいかあさん」と犬探偵の「ゾーイ」と後輩猫の「あめ」。
さもい
ここさいきん、空気がさもい。
なつはいつのまにかいなくなって、季節が変わりつつあるよう。
2階もべつにあつくないし、そとからの空気はむしろつめたい。
季節は、どうやら「あき」または「ふゆ」になりつつあるにょだろう。
虫がへってきたし、夜が長くて、昼が短くなってきた。さもくなってきづいたんだけど、さもいと子分猫あめとくっついているとあったかい。
あめもきづいたみたいで、さもいとわしらは、くっつくことにした。
ぽかぽかなんだよね、大発見。人間より猫のほうがあったかい。やわらかいし。
犬はどうかなー。わしの家族の犬探偵ゾーイは、びびりだからくっつかれるの嫌がるんだよね。
でもすきあらば実験してみよう。
くっつきかいろ
それにしてもあったかい。
しいかあさんとみいかあさんは、いっつも一緒に寝ているけど、あれはたぶん人間って身体のほとんどが毛がない、全身ハゲだから、いつでもさもいんだと思う。
だからくっついていないとさもくて寝れないんだろう。かわいそう。
わしの抜けた毛ならあげてもいいんだけどなぁ。
わしの抜け毛を貼ればいいのに。
それにそても人間ってどうしてハゲなんだろう。
理由があるはず。ともあれ、くっつくって、さもいときはさいこう。
これを「くっつきかいろ」と呼ぶことにする。
かいろというのはあったかいものという意味。
あき —さもいということ—
わしにとって、季節「あき」がうちにくるのを今回で2度め。
まえはシブヤという世界のうちだったはず。
でも、シブヤでのうちは、さもいもあついもあまりなかった。
調べたんだけど、そとのせかいはべらぼうに広くって、太陽に近いほうにいくほどあったかくなるみたい。
いちばんちかいところには赤い道があるみたい。
だからシブヤはカマクラより太陽に近いところにあるんじゃないかな。
だからいつもあったかかったんだとわしは思う。
ということで、さもい「あき」は、初体験。
さもいとひかりがすこしうすくなる。
ひかりもうすい。窓が開いている回数がへる。
朝おなかがすきはじめたとき、まだ暗い。
夜ご飯をたべるときにはもう暗くなり始めている。
ぜんたいてきにいって暗い。暗くてさもい。
しかしね、さもいなーとおもっているところで、あめにくっつくと「あったけーーーー」ってなってうれしい。
これはこれでわるくない、なんし、わしが季節をどうこうできるわけでもないので、てきとうにうまくやっていくことにする。
人間はどうかというと、みいかあさんは「ふく」をいっぱい着るようになってきた。
でも、しいかあさんは、ハゲたうでとハゲた脚を半分だしたまま。いままでと一緒。
わしが思うに、しいかあさんは、さもくなったことにまだきづいていない。
「にぶい」というのは、こういうのをいうのだらう。
あとさー、くっつきかいろしているとぼうっとしてくるね。
なぞはせかいにちみちみている。
1つずつときあかしていこう。探検家ベッチーことベッチーでした。
BB
探検家ベッチーによる人間観察
わしは、ねこ探検家ベッチー。通称「ベッチー」。
ちまきでは「ベッチー」でとおってる。本名は「ベッチー」。
おんとし1さい。ぴちゃぴちゃのギャル。
わしの家族は「しいかあさん」と「みいかあさん」と犬探偵の「ゾーイ」と後輩猫の「あめ」。
人間とは
ポン・プルクワの『猫の教科書』を読んで、人間という生き物について、わしはまなんだ。
毛がなくて、服なるものを来て、よくしゃべり、しごとをする生き物だという。
『猫の教科書』には、そうかいているが、わしはぴちゃぴちゃのギャルな探検家ベッチー。
じぶんで「人間」という生き物を観察して、たしかめない手はない。ということでじっくり観察してみた。
にんげんの1日
朝、6時ごろに「しいかあさん」(オス)がおきる。
しいかあさんは、ねるときハダカだ。
ハダカというのは、服という布を身に着けていないことをいう。人間のハダカはつるんつるん。全身ハゲ。
ハゲのしいかあさんが、1階におりて、わしと子分猫の「あめ」に朝ごはん(「あさめしまえのめし」じゃなくって、しっかりごはんになった) を出してくる。
別名「ハゲ飯」。ハダカのしいかあさんが出すごはんだから。
それから、しいかあさんは、クッションのうえにすわってしばらく動かくなる。
きもちわるいので、ほうっておいて、わしとあめは、網になった窓からそとの空気のにおいをかいだり、音を聞いたり、2かいにあがって、食後の時間を過ごしたりする。
こんかいは、わしの人間観察なので、しいかあさんをじっとみていた。
チーンって音がするとしいかあさんがうごきだした。
なんかの儀式らしい。
しいかあさんは、それから服をからだにつけて、そとにでていく。
そして濡れて帰ってくる。
このくらいの時間になると、「みいかあさん」(メス)もおきてくる。
みいかあさんは、犬探偵ゾーイをだっこして1階におりてくる。
そしてゾーイに朝ごはんとわしとあめにおやつをくれる。
びびりの犬探偵ゾーイの朝
それから、しいかあさんは、水場(水がいっぱいでる部屋)に入って、水につかる。
これも儀式だろう。
そこからでてくると今度は、土みたいなにおいがする水をつくる(人間たちは、これを「こーしー」とよんでいて、うまい!と言って飲む)。
それからしいかあさんは、じぶんの部屋に入ってしまう。
みいかあさんは、うるさい音を出すものをつかって、床に棒をこすりつけるという変な行動をはじめる。
これをみいかあさんは、「そうじ」と呼んでいる。
これも儀式かな。
それがおわると、みいかあさんは、光る板のついた何かをカタカタたたきはじめる。
おなじような行為をしいかあさんもやっている。
これが、ポン・プルクワがいっていた「仕事」というやつなんだろう。
宗教のひとつらしい。
宗教とは、ないものをあると信じることだ。
カタカタカタカタと一日中板を叩いている。かわいそう。
昼になると、みいかあさんとしいかあさんは、ごはんを作る。
ごはんって、とったり、もらったりするものだけれど、人間の場合は、つくる。
これを料理という。
つくるのは、しいかあさん。
みいかあさんは、ごはんをたべたあとに、水で皿をいっぱいあらう。
舌で舐めるのではなくって、水であらう。
人間は、おしっこもうんこも見せない。
これはわしら猫に近い。
しかし砂を使わない。水が流れる椅子に座ってする。
人間は、すごい喋る。これはほんとう。
それから、人間はわらう。喋りながらわらう。
わらうというのは、鳴きながらするけいれんだ。
うれしいとき、するみたい。きもい。
人間は、同じ場所で眠る。
人間は、ひんぱんに外にでる。外に出て何をしているのかはわからない。
人間についてのまとめ
人間は、無いものをけっこういっぱい信じている。
そして、不思議な行動をいっぱいする。
すごく動いて、すごく喋る。そしてけっこうわらう。
しかし、ポン・プルクワがいうほど不安定にはみえなかった。
そういえば、光るし、音の出る板をみて、わらっていた。
けっこう楽しそう、人間。
なぞはせかいにちみちみている。1つずつときあかしていこう。
探検家ベッチーことベッチーでした。
BB
ねこのこころえ3「人間とは」
わしは、ねこ探検家ベッチー。通称「ベッチー」。
ちまきでは「ベッチー」でとおってる。本名は「ベッチー」。
おんとし1さい。ぴちゃぴちゃのギャル。
わしの家族は「しいかあさん」と「みいかあさん」と犬探偵の「ゾーイ」と後輩猫の「あめ」。
ポン・プルクワによる『猫の教科書』ねこのこころえ3
きょうは、ひさびさにポン・プルクワという猫が書いたらしい『猫の教科書』を読んでみた。
この本は、ポン・プルクワという猫が18年というながいじかんで、学んだいろいろなことをかきしるしたもので、わしが秘密の屋根裏にしのびこんだときにたまたまみつけた。
わしは、人間がつかうベッドのしたにこの本をかくして、ときどき読んでいる。
ねこのこころえがいくつもかいているのだけれど、おぼえきれないので、ゆっくり読むことにした。
それに、わしはほんらい探検家。まいにちの探検に忙しい。
びょうきざみで動いている。ウォールストリートかってくらい忙しい。
たとえば、こんな感じでいそがしい。
夜明け:「しいかあさん」というオスの人間を起こして、ご飯を用意させる。
夜明けすぎ:おきないので、クローゼットのドアをガタガタならす。
朝:しいかあさんがおきなくてイライラするので後輩猫「あめ」を追いかけて噛む。
朝2:「あめ」が噛み返してきたので、あったまきたので、1回のチッキンまで追い込む。
朝3:ふたたび、しいかあさんを起こす。やっとおきる。
朝4:朝食(かりかりのかりかり添え、季節のかりかり風味)
朝5:まだ寝ている「みいかあさん」という人間のメスをかんさつしにいく。
朝6:休憩
ごらんのようにちょうぜついそがしい。
なので、すきますきまで『猫の教科書』を読むことにしてる。
今日ひらいたページはこんなタイトルだった。
ねここころえ3「人間とは」
これがポン・プルクワ
PP:人間といういきものはかなりかわっている。
かわっているぶぶんを挙げていくとなるときりがないので、じゅうようなところだけとりあげていく。
まずはみためから。
その1、毛がない。ほとんど全員、人間は毛がない。
あたまにちょろっとはえているだけだ。
あたしは、おおくの人間を見てきたが、みな例外なく毛がない。
その2、そのかわり「服」なるものをきている。
しかもしれを毎日とりかえる。この服なるものをきていないときに、人間に乗ったり、つかまろうとしてはいけない。
爪がひっかからないし、はげたかれらの身体に爪を立てると悲鳴があがる。
爪をたてるときは、ジーパンというものをはいているときがもっともてきしている。
パンストはもっとも爪を立てるのに避けるべき服だ。
それから、シャネルとかデオールとかマルジョラとか、彼らが誇らしげに着ている服にも要注意だ。穴をあけるとしばらく落ち込む。
つぎになかみだ。
その3、人間は「仕事」という宗教に入っている。
宗教というのは、そこにないものをあると思う病気だ。
人間は仕事をしないとごはんや家がゲットできないと考えている。
朝から晩まで仕事をして、問題が起きると怒ったり、落ち込んだりする。
「落ち込む」というのは、思い気配を体中から発する状態のことだ。
あたしたち猫にはあまりわからない感情だ。
その4、喋る。あたしたち猫は、人間に向けては鳴くものの、猫同士や、犬に向かって喋るということはしない。したことがない。気配で伝え合うくらいはする。
しかし人間は、すごい喋る。
喋るというのは「続けざまに鳴く」ということだ。
あれには意味があって、気配じゃなくて、喋って意思伝達をしあう。
そして、その5。飼い主を自称する人間たちは、あたしたち猫、ついで犬のことを大事にしようとする。
理由はわからないのだけれど、わざわざ自分のこどもでもない猫や犬を自分のうちに連れてきて、大事にしようとする。
たぶんそうするのが気持ちがいいのだろう。
しかしあたしたちをこよなく撫で、ごはんを用意し、具合が悪いと「地獄」につれていって、治そうとする。
「地獄」とは、うちのそとにある、他の犬猫がいっぱいいて、優しい声を出すくせに痛いことをしてくる人間(「せんせい」とよばれている)がいるところだ。
そこにいくとあたしたちの具合がわるいところが良くなるらしい。
かように人間は世話をしまくる性質をもっている。
あたしたちの母親のような存在で、それを別名「かいぬし」と言う。「かいぬし」の「かい」は「飼う」ということばからきていて、これは「動物たちを養う」という意味らしい。
ざっとこれが人間の特徴だ。
人間は不安定
人間は気持ちが不安定なので、元気がないときは、そばに行ってやったほうが良い。
あたしたち猫が、そばにいってごろんとよこになると10中8回くらいは笑う。
「笑う」というのは、顔をくしゃっとして、ふにゃっとしたにおいを出す反応だ。
あれは「うれしい」という感情のサインだ。
そうやって守ってやらないと、ごはんがちゃんと出てこなくなるし、朝になっても起きなくなる。
そう、きづいただろうか?
養うのは人間が猫を、というよりも、猫が人間を、という関係でもあるのだ。
人間が上位で、猫が養われているというよりも、感情面では、猫が人間の心を養っているのだ。
しかしごはんやトレイのきれいさは、人間の行動による。
だからあまり偉そうにしすぎてもいけない。
そのへんはあの4文字がキーワードになる。
「バランス」。
わしの感想
人間はかわっているけど、いいやつだから、やさしくしてやらないといけない、ということなのだろう。
これは研究のしがいがある。
人間についてもこれからもっと探検してみよう。
なぞはせかいにちみちみている。
1つずつときあかしていこう。
探検家ベッチーことベッチーでした。
BB
ベッチータイム
わしは、ねこ探検家ベッチー。
通称「ベッチー」。ちまきでは「ベッチー」でとおってる。
本名は「ベッチー」。おんとし1さい。
ぴちゃぴちゃのギャル。
わしの家族は「しいかあさん」と「みいかあさん」と犬探偵の「ゾーイ」と後輩猫の「あめ」。
「ベッチータイム」
きょうは、飼い主(きどり)の人間、しいかあさんに呼び出された。
2階にあるしいかあさん部屋にはいると、ゆかにこしをおろした「しいかあさん」が言う。
しい「まあ、すわりたまえ」。
なんか、えらそうなので、わしはすわりたいところをがまんして、立っていた。
4つのあしで。
しいかあさんのはなしは、こういうないようだった。
しい「みいかあさんともはなしのだけれど、ベッチーは、まだ子猫なのに、新人がはいってきたせいで、おねえさん猫にならなくちゃいけなくなって、むりやりおとな猫になっているのだろう。
まだまだ、甘えたい盛りなのに、おとな猫は、甘えられない。
それをしびんにおもう。
だから、ベッチーがおもうぞんぶん甘えられる『ベッチータイム』をわがやに導入することにした。
新人は別部屋にいてもらって、ベッチーのためだけのあまえ&遊び時間をもうけるシステムです。
わがやは平等なので、おなじように新人のあめのための時間、『あめタイム』も同時に導入します。
犬探偵のゾーイは、すでに散歩時間があるので、あらたに設ける必要はないととうしょは考えていたのですが、一緒にいる時間というのは大切なので、ゾーイタイムも導入します。
そういうわけでよろしくお願いいたします。」
ながいはなしなので、かんたんにすると
“人間が、人間以外の家族ひとりひとりにちゃんと向き合う時間をつくる”
というはなしだ。
じっさいのところ、わしは、ごすいそくのとおり、まだまだ甘えたいさかりのぴちゃぴちゃのギャル。
甘え不足のため、ニャマゾンでのこうにゅうもかんがえていたほど。
甘え詰め合わせ(24こ入り)が3480にぇんだったので、カートにいれていたくらい。
ようすをみえて、キャンセルするかも。
はたして、甘え不足がかいしょうするにょろうか。
「しいかあさん」のはなしが、おわって、さっそく「ベッチータイム」が実施されるはこびとなった。
実食「ベッチータイム」
新人の猫のあめは、リビングに犬探偵ゾーイといっしょにいれられて、ドアをしめられ、わしは、2かいで「しいかあさん」と遊んだり、毛をくしでひっぱられたり、撫でられたりした。
おもいのほか、あまえられた「ベッチータイム」だった。
わかかりしころをおもいだした。
そうだった、わしにも「ちょっと撫でてけんろ」っとかいって、甘えていたじだいがあった。
さいきんは、すっかりおとなで、あふがにすたんについてかんがえたり、「おんだんか」という暖房の入れすぎ問題らしきものについても、考えるようになっていたから、しんせんだった。
甘えってだいじ。
わるくない。
けいぞくされることをのぞむ。
犬猫ぜんいんタイムの導入
犬探偵もまた「みいかあさん」ががっつり撫でられたり、話しかけられたりする時間を提供されていた。
新人の「あめ」もしかり。
「あめ」のけつ。
人間のはなし
人間はいそがしい。
わしにつきっきりでいっしょにいてくれるときは、だいたい毛をくしでひっぱるときか、つめをきるとき、めやにをとるときとかで、あとはじぶんたちのことでいそがしくしていた。
それが、こんかいのベッチータイムなどのどうにゅうにより、かわろうとしているきがしる。
人間同士のはなしをきいていると、どうも「じょん・ぼうるびぃ」と「めありー・えいんすわーす」という人間たちの「あたっちめんとりろん」というものがきっかけらしい。
新人「あめ」がきたことによって、「みいかあさん」と「しいかあさん」は、わしらとどうつきあうべきか、をよくかんがえはじめたみたい。
じっさいのはなし、いままでは鳴いて呼んでもこなかったのに、ベッチータイム導入してからは、わしが鳴くと「しいかあさん」がぶっとんでくる。
とのさまにとって忍者みたいにぶっとんでくる。
そんなわけで、もうちょっとようすをみてから、ニャマゾンのカートに入れいてた「甘え詰め合わせ」をキャンセルしようかとおもう。
探検家ベッチーことベッチーでした。
BB